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KAZUMASA ODA TOUR 2014-2015「本日、小田日和」最終日 2015.03.18@横浜アリーナ
JUGEMテーマ:音楽

とうとう、最終日だ。7月から始まった私の小田日和だったが、ついに終わりのときを迎えるのだ。

席はやっと取れた2階席。しかも前日と同じようにステージ側なので、ほぼ小田さんを後ろから見ることになる席だった。シートにはなにやらビニール袋が貼り付けられている。それはペンライトとその使用説明書だった。最終日らしい演出があるらしい。

ライトスティック説明書
開演直前、流れる曲はビートルズの「Hello, Goodbye」だった。君はさよならと言い、僕はこんにちは と言う・・・
 
登場した小田さんは背中に「mata-ne」と書かれたジャケットを羽織っていた。それはひとつの曲名ではありながら、私たちへのメッセージだった。「またね」。再会を誓い合う、約束の言葉。そこに詰まった小田さんの想い。それだけで泣けてくる。

いつもと変わらぬ滑り出しながら、なんとなくこちらは緊張。これでこうしてこの曲を聴くのも最後、とひとつひとつをかみしめる。歌声、演奏、そして小田さんの一挙一動を。そうするにはあまりに遠い距離、後姿なのだが。。。

最初のMCからなんだかしどろもどろ。「全国を回ってきましたが、今日のみなさんと一緒に、じゃなくて、共に?じゃなくて・・・含めて、か? 感謝しています」みたいな感じでスタート。
「最終日という実感がなくて今にも追加公演は、とか言っちゃいそう」と言って拍手を浴びていた。「今日は、5分くらい過ぎたかなと思ったら15分くらい経ってて・・・今日はそういう日なのかなと思った」と伝わりづらい説明。時間が早く過ぎると言いたいらしい。

「いつも、ひととおりのリハーサルが終わると、稲Pとギターを一緒に練習していて、‘おけいこ’と言ってるんですが・・・ほとんどルーチンになってるけど、たまにここ間違えてた!とか新しい発見があったりする」

「先日、音楽の資料がたまりすぎたので整理していて、ほとんどほかっていいようなものなんだけど」。
ほかって? 横浜弁じゃなくて、関西の言葉だよねえ。小田さんはたまに関西弁を普通に使うのは、前日に言っていた、お母様が和歌山の方だからなのか?
「僕は曲は五線紙で残しておくんですが、後から見ると、なんでこんなのを大事に残しておいたんだろうというようなものばかりで」とのこと。でもその中からまた曲が生まれるかも、というようなことを言っていた。

「やさしい雨」では、以前のツアーの東京ドームのときのようなキラキラが降ってきた。これも最終日の演出のひとつ。終わるんだなーという実感がいやましてくる。
ホントに終わっちゃうんだ? 信じられない。信じたくない。

そういえば、「The Flag」で毎回、おぢさんたちの大写しが大画面に映し出されますが、今日はツアースタッフの御大が映っておられました。なんかじーんとする一方で、やっぱりこの歌の、越えられないジェンダーの壁を見る思いは変わらない。

Yes-No の最後で、上からバズーカクラッカーを発射したように金色の紙テープが降ってきた。これでもか、という盛り上がりに、最終日を実感させられる。小田さんもうれしそうだ。2階席も隅々まで盛り上がっていた。テープは届かなかったのにね。
そう、小田さんは遠かったけど、かなりがんばって付いていったと思う。小田さんも花道を向かってくるときは、ぜったい上まで手を振ってくれたのでうれしかった。

本編が終わってアンコールを待つ拍手の間、大画面にペンライトの説明が映し出され、われわれもペンライトにスイッチを入れて待つ。 イマドキノペンライトは制御されているのか!と驚き。ある曲になったら、って、あの曲であることは最初からわかる。

アンコールで出てきた小田さんは一曲目「もっと近くに」の前に必ずオフコースについて触れる。この日のMCは「僕の大好きだった、大好きな、オフコースというバンド」だった。
「アルバムのタイトルはいつもその時々の気持ちを映したものだった」「as close as possible、で、もっと近くにいよう、とかね、でその次が Still a long way to go でまだまだ先が長いと思っていたら解散しちゃったけどね(爆)」小田さんがオフコースについて語る時、私はどうしても切なくなる。小田さんがオフコースを今でも大切に思っているからだ。それがわかるから。でも、それ以上は想像しない。小田さんに失礼だ。

そしてあの曲が始まる、そう、Yes-Yes-Yes。
ペンライトに灯りが点り、イエースイエースイエース、でアリーナ席に文字が浮かび上がる「YES」「YES」「YES」と。それはもう会場中が最高潮に達した瞬間だった。そしてその後も曲にあわせてゆれるペンライト。小田さんも感動しているのがわかる。
だけど今回、泣き虫小田和正は泣かなかったようだがどうだったんだろう。小田さんが連発する「どーもありがとー」だが、あの時、小田さんは一回だけ、いつもの語尾があがるありがとーでなく、「どうもありがとう」としみじみと言ったのがとても印象的だった。小田さんが私たちを楽しませてくれるように、揺れるペンライトは、私たちの想いは、小田さんを喜ばせることができたのだろうか。

最後の My Home Town を聴き、ああ、これで終わっちゃうんだ、としみじみした。小田さんが無事にゴールに辿り着けてよかった。そしてそのゴールに居合わせることができて幸せだった。

最初のレポで「完歩して」と書いたが小田さんはまさしく「完走」した。

私は文字通り小田さんを「遠くから」見守ることしかできなかったけど、たくさんのものを受け取りました。ありがとう、小田さん。

帰りの電車の中で、座り込んだら急に疲れて、目をつぶってみたら、寝るどころか小田さんの一挙手一投足が思い出され、大画面にクローズアップで映し出された小田さんの横顔の、顎から滴り落ちる汗の雫を思い出したら泣けてきて、あわてて下を向いた。そのときに私はツアーの終わりを実感したのだった。あの汗を、あの横顔を、走る姿を、もう見られないなんて。もちろんしばらくの間だと信じてはいても、「本日、小田日和」は終わってしまったのだ。本当は人目をはばからず号泣したかった。


ご多分にもれず小田ロスシンドロームを発症中のある朝、私のくちを付いて出たのは「Re」だった。
「Re」なんて、ここしばらく、ライブでしか聴いてなかったのに。

  ♪ まるで君の声が聞こえたみたいで
  ♪ この胸は いっぱいになって

無意識に出たそのフレーズに我ながらびっくりした。自分の気持ちそのものではないか。
そしてまた小田さんの歌声を改めて思い出し、あさっぱらからじーんとなったのであった。

1.そんななことより幸せになろう
2.キラキラ
3.やさしい雨
4.Re
5.やさしい風が吹いたら
6.二人
7.この街
8.東京の空
9.たしかなこと
10.明日
11.その日が来るまで

----御当地・総集編----

12.愛になる
13.the flag
 14.風と君を待つだけ
15.愛を止めないで
16.YES-NO
17.ラブ・ストーリーは突然に
18.mata-ne
19.言葉にできない
20.彼方
21.今日も どこかで
22.やさしい夜

----Encore 1----

23.もっと近くに(as close as possible)
24.またたく星に願いを
25.YES-YES-YES

----Encore 2----

26.今のこと
27.hello hello
28.MY HOME TOWN
 
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